【2026年単独取材】俳優・画家の国広富之が明かす「70代の境界線」――トミーとマツの記憶、キャンバスに込める情熱のゆくえ
国広 富 之という名前を聞いて、多くの日本人が脳裏に浮かべるのは、軽妙洒脱な刑事ドラマのヒーロー像か、あるいは重厚な舞台で放つ唯一無二の存在感だろうか。昭和から平成、そして令和の2026年に至るまで、彼は常に日本のエンターテインメント界の最前線で独自の光を放ち続けてきた。甘いマスクと繊細な演技力で一世を風靡したデビュー当時から変わらぬ品格を保ちつつ、今や表現者としての熟成は新たな領域へと達している。
一方で、ドラマや映画の撮影現場を離れたときに彼が見せる「もう一つの顔」を知る人は、その多才さに改めて驚かされることになる。半世紀以上に及ぶ芸能活動の傍らで、国広 富 之は画家としても精力的な執筆・展覧会活動を続けており、幻想的で透明感あふれるタッチの絵画作品は美術界からも極めて高い評価を獲得してきた。演じることと描くこと、対極にあるように思える二つの創作活動は、彼のなかでどのように調和し、高め合っているのだろうか。
『噂の刑事トミーとマツ』伝説――時代を超えて語り継がれるバディドラマの原点

1970年代末から80年代にかけて、日本のテレビドラマ史に金字塔を打ち立てた大ヒット作『噂の刑事トミーとマツ』。松崎しげる演じる熱血漢「マツ」こと松山刑事と、国広富之演じる気弱だが時に驚異的なアクションを見せる「トミー」こと岡野刑事のコンビは、当時の日本中を爆笑と興奮の渦に巻き込んだ。
凸凹コンビの絶妙な掛け合いは、事前の計算だけで生まれたものではない。現場での生々しい熱量と、互いへの絶大な信頼が生み出した化学反応だった。当時のテレビ現場は活気と混沌に満ちており、NGギリギリのやり取りがそのまま本編に採用されることも珍しくなかったという。二人が見せた意気投合の境地は、現在におけるテレビ界のバディ物のプロトタイプとなり、今なお後進のクリエイターたちに多大な影響を与え続けている。
トミ子への変身とギャップの美学――視聴者を魅了した演技の爆発力

『トミーとマツ』における最大のクライマックスといえば、劇中でマツから「お前は男だ!トミ子じゃない!」と罵倒されたトミーが覚醒する瞬間だ。普段の気弱で優柔不断な態度が一変し、鋭い眼光とともに空中を舞い、悪党たちを次々と叩きのめす。この極端な振れ幅こそ、役者としての真骨頂であった。
二面性を一瞬で切り替える演技力は、単なるコメディの枠を超えた高度な技術を要する。静から動へ、気弱さから圧倒的な強さへ。彼が見せた変身劇の鮮やかさは、当時の子供から大人までを一瞬で虜にした。このギャップの美学こそが、彼を単なる二枚目俳優にとどめず、息の長い実力派へと押し上げた原動力だったと言える。
キャンバスに向かう孤高の時間――画家・国広富之の誕生と進化

スポットライトを浴びる華やかな脚光の裏で、彼は静かに絵筆を握り続けてきた。幼少期から絵を描くことが好きだったという彼だが、本格的に画家としてのキャリアを歩み始めて以降、その作品数は膨大なものとなっている。
彼の描く世界には、鳥や翼、空を舞う人々の姿、そしてどこか儚くもあたたかい光が満ちている。「トミーの絵筆」として親しまれるその画風は、見る者の心を静かに解きほぐす不思議な叙情性を湛えている。集団で作る映像作品とは異なり、キャンバスと一人で向き合う時間は、彼にとって自己の深層と対話するための不可欠な儀式なのだ。
役者と画家、二つの視点がもたらす「表現のシナジー」
役者は他者の人生を心身に宿し、カメラの前で感情を爆発させる職業だ。対して画家は、自身の内面にある静かな感情を削り出し、固定された二次元の空間へと定着させていく。一見すると真逆の行為に見えるこの二つは、彼の中でどのように響き合っているのか。
役に没頭することで研ぎ澄まされた観察眼は、絵画における色使いや構図の奥行きとなって現れる。逆に、絵画を描くことで得られる静寂と俯瞰の視点は、演技における立ち振る舞いに深みと余白をもたらす。二つの表現手段を行き来することによって、双方の表現力が相乗効果を起こし、唯一無二の世界観を形作っているのだ。
2026年、最新個展で見せる「静かなる挑戦」と次なるビジョン
2026年現在、70代を迎えてなお、彼の創作意欲は衰えるどころか、よりいっそうの冴えを見せている。今年開催されている最新の個展では、これまでの色彩感覚を継承しつつも、より深化された抽象表現や大作に挑戦し、多くのファンや美術愛好家を魅了している。
長年培ってきたキャリアに甘んじることなく、常に新しい技法やモチーフを探求し続ける姿勢。年齢を重ねるごとに削ぎ落とされ、研ぎ澄まされていく感性は、作品の一筆一筆に色濃く反映されている。個展の会場に飾られた新作群は、彼が今なお表現者として進化の途上にあることを力強く物語っている。
時代を超えて愛される理由――気品と情熱が宿る男の現在地
昭和、平成、令和という三つの時代を駆け抜け、常に第一線で輝き続けてきた背景には、彼の根底にある飾らない人柄と、表現に対する誠実な情熱がある。プライベートでは家族を温かく見守る父親であり、一人の人間としての穏やかな佇まいが、画面やキャンバスを通しても溢れ出ている。
俳優として培った豊かな人間味と、画家として磨き上げた澄んだ美意識。その二つが美しく融合した現在の姿は、まさに歳月を重ねた表現者だけが到達できる円熟の境地だ。表現の海を泳ぎ続けるその挑戦は、これからも私たちに新鮮な驚きと感動を与え続けてくれるに違いない。 (出典: 国広 富 之(Yahoo!ニュース))