遅咲きの“昭和顔”力士が土俵を去って3年――井筒親方として挑む令和の大相撲改革と、愛され続ける「パンダ親方」の現在地

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遅咲きの“昭和顔”力士が土俵を去って3年――井筒親方として挑む令和の大相撲改革と、愛され続ける「パンダ親方」の現在地
遅咲きの“昭和顔”力士が土俵を去って3年――井筒親方として挑む令和の大相撲改革と、愛され続ける「パンダ親方」の現在地
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🎵 遅咲きの“昭和顔”力士が土俵を去って3年――井筒親方として挑む令和の大相撲改革と、愛され続ける「パンダ親方」の現在地

明 瀬山 光彦という名を刻んだ力士がまわしを置いてから、すでに3年の月日が流れた。2026年現在、両国国技館の客席や稽古場で聞こえてくるのは、現役時代の泥臭い相撲と、どこか憎めない笑顔を記憶に焼き付けたファンの温かい声だ。かつて「遅咲きの星」として土俵を沸かせた男は今、井筒親方として大相撲の次世代を担う指導者の道を力強く歩んでいる。

昭和の匂いを色濃く残す独特の押し相撲と、土俵際で見せる驚異的な粘り腰。35歳にして幕内最年長初勝ち越しを果たした当時の明 瀬山 光彦のブレイク劇は、単なる一過性の話題にとどまらず、ベテラン力士の生き様として多くの人々に勇気を与えた。30歳を超えてなお進化を続けたその足跡は、2026年の角界においてもなお、あきらめない挑戦の代名詞として語り継がれている。

30代からの覚醒――遅咲き力士が巻き起こした大旋風

相撲界において、30歳という年齢はベテランの域に入り、衰えとの戦いが始まる時期とされる。しかし、彼の真価が最も輝いたのはまさにその「下り坂」と目される時期だった。

日本大学相撲部で活躍後、木瀬部屋に入門したものの、関取定着までの道のりは険しかった。幕内昇進を果たしたのは30歳。しかし怪我に泣かされ、一時は十両、幕下へと陥落を余儀なくされた。普通ならここで気力が折れても不思議ではない。だが、彼は違った。黙々と四股を踏み、泥にまみれて自身の相撲を再構築し続けた。

転機は35歳で迎えた2021年初場所だ。再入幕を果たした土俵で、初日から破竹の8連勝。スピード溢れる若手を相手に、相手の引きに乗じず、重い腰を生かして前に出る相撲で白星を重ねた。テレビ画面越しにも伝わるその「がむしゃらさ」に、日本中が熱狂した。

「パンダ」の愛称に隠された勝負師の凄み

愛嬌ある丸顔と親しみやすいキャラクターから、ファンや親方衆の間でついた愛称は「パンダ」。土俵に上がる際の見せるどこか愛らしい佇まいは、殺伐とした本場所の空気に和みをもたらした。

しかし、ひとたび立ち合いの威勢がかかれば、その眼光は勝負師そのものだった。体格の利を生かした押し、相手のいなしに対応する体の柔軟性。決して器用な相撲ではなかったが、己の長所と短所を誰よりも深く理解していたからこそ、土俵際での驚異的な逆転劇を生み出すことができたのだ。

「愛されキャラ」の裏にあったのは、緻密な自己分析と、相手の呼吸を外す老獪な駆け引き。表面的なポップさに隠された本物志向の勝負師魂こそが、彼が長年ファンを魅了し続けた最大の理由だ。

度重なる怪我を乗り越えた「泥臭い執念」の記憶

力士の相撲寿命を削る最大の敵は怪我だ。膝や腰の痛みに苛まれ、思うように体が動かない日々。休場を余儀なくされ、番付が落ちていく恐怖と戦う時期は一度や二度ではなかった。

それでも土俵に立ち続けた。格好悪くてもいい、倒れ込みながらでも白星を拾う。その姿には、華やかな技で観客を魅了するスター力士とは異なる、叩き上げの力士だけが持つ凄みが宿っていた。

勝利を手にした後の、どこか照れくさそうな表情。負けた後の、悔しさを押し殺した深々とした一礼。その一挙手一投足に、土俵に対する敬意と、相撲という神事・スポーツに対する誠実さが溢れ出ていた。

2026年の現在地――井筒親方として挑む木瀬部屋の若手育成

2023年1月の引退後、年寄・井筒を継承。2026年現在の彼は、指導者として確固たる地位を築きつつある。稽古場に響くのは、熱の入った指導の声だ。

現代の大相撲は、アスリート化が進み、スピードと理詰めのトレーニングが重視される傾向にある。その中で井筒親方が叩き込んでいるのは、数値では測れない「泥臭さ」と「土俵際のアタリ」だ。

「綺麗に勝とうとするな。泥にまみれても最後に残っていれば勝ちだ」

自身が苦労を重ねて掴み取った教訓を、惜しみなく若手に注入している。彼の手掛ける若手力士たちが、土俵際で驚異的な粘りを見せる場面が増えているのは、決して偶然ではない。

伝統と親しみやすさの融合――ファン層拡大へ果たす役割

2026年、大相撲界はSNSやデジタルコンテンツを通じたファン開拓に力を注いでいる。その最前線でも、井筒親方の存在感は群を抜いている。

公式動画や解説イベントで見せる軽妙なトーク、現役時代と変わらぬ笑顔、そして相撲の奥深さを初心者にも分かりやすく伝える語り口。相撲を知らない若年層や外国人の心をつかむ「広報塔」としても、彼は角界になくてはならない存在となっている。

敷居が高いと思われがちな相撲の世界と、一般のファンを繋ぐ架け橋。現役時代に培った親しみやすさは、指導者となった今、相撲界全体の財産として活かされている。

土俵の未来を見据えて――継承される「諦めない心」

時代が令和からさらに先へと進もうとも、相撲の基本は変わらない。押して、受け止めて、残る。単純だからこそ奥が深いこの世界で、彼が残したメッセージは今も鮮烈だ。

「遅すぎるスタートなどない」

30代からの逆転劇を証明した男の教えは、稽古場の若手だけでなく、日々社会で戦う多くの人々の胸にも響き続けている。井筒親方となった今も、彼の眼差しはまっすぐに相撲の未来を見据えている。土俵際で見せたあの執念は、形を変えて次の時代へと確かに引き継がれているのだ。 (出典: 明 瀬山 光彦(Yahoo!ニュース)