ツービート結成秘話!ビートきよしが明かすたけしとの真実と現在
ビート きよしは、日本のお笑い界に強烈なツメ跡を残した伝説の漫才コンビ「ツービート」のツッコミ役として、80年代の漫才ブームの狂乱を真っ正面から受け止めた男だ。
破天荒な相棒の暴走を冷ややかな一言でいなす独特の立ち回りは、当時の演芸関係者を唸らせた。激動の時代を経てなお、相棒との複雑な距離感を保ち続けるビート きよしの存在感は、単なる「相方」という言葉だけでは到底語り尽くせない異彩を放ち続けている。
浅草フランス座の楽屋から始まった熱狂!ツービート結成秘話と知られざる愛憎劇

昭和の雰囲気が色濃く残る浅草フランス座。ストリップ劇場の合間に演じられるコントの楽屋裏で、ふたりの男が出会った。ビートたけしとビートきよしである。
当時の浅草は、昭和の芸能界が持つ独特の熱気と哀愁が混ざり合う場所だった。兼子二郎(きよしの本名)は、若手として楽屋で腕を磨いていたが、松カンザシを頭に挿してタップダンスを踊る北野武の異彩に目を奪われたという。「あいつと組んだら、絶対に何かが起きる」。漫才コンビ「ツービート」の誕生は、直感と野生の勘が引き寄せた運命の瞬間だった。
だが、その歩みは決して順風満帆ではなかった。金もない、仕事もない。狭いアパートで酒を酌み交わしながら、ふたりは互いの才能とコンプレックスをぶつけ合った。たけしの機関銃のような毒舌に対し、きよしが放つ「よしなさい」の一言。それは単なるツッコミではなく、天才の暴走を現実の世界に繋ぎ止める絶妙なブレーキ役だった。
Netflix『浅草キッド』の舞台裏…リアルな昭和お笑い界と秘められたエピソード

劇団ひとり監督が手掛けたNetflix映画『浅草キッド』の大ヒットは、忘れかけられていた昭和の浅草演芸場を再び脚光の渦へと巻き込んだ。劇中で描かれた師匠・深見千三郎との葛藤や、極貧の楽屋生活。
しかし、当事者であるきよしの口から語られる真実は、映像化された美しいドラマばかりではない。「映画は綺麗に描かれすぎているよ。実際の俺たちは、もっと泥臭くて、毎日が生きるか死ぬかのバクチだった」と振り返る。
楽屋裏での生々しい言い争い、客席から飛ぶ容赦ないヤジ。下積みの厳しさは想像を絶していた。Netflixでの配信を機に当時の浅草フランス座に注目が集まったが、きよし自身が抱いていたのは、相棒・たけしへの圧倒的なリスペクトと、それに伴う嫉妬や焦燥感が入り交じる複雑な愛憎劇だった。天才の隣に立ち続ける苦悩は、スクリーンに映し出されたドラマ以上に過酷だったのだ。
『俺たちひょうきん族』の熱狂と太田プロダクション時代の過酷な裏側

80年代初頭、日本中を巻き込んだ空前の漫才ブーム。その頂点に君臨したツービートは、太田プロダクションに所属し、常軌を逸した多忙を極めることになる。
テレビ局からテレビ局へ、移動のためにヘリコプターやタクシーを乗り継ぐ毎日。フジテレビ『俺たちひょうきん族』での爆発的なヒットは、彼らを一気に国民的スターへと押し上げた。楽屋のドアを開ければ、そこには熱狂と札束、そして終わりのない撮影スケジュールが待っていた。
だが、その熱狂の陰でコンビ間の均衡は少しずつ変化していく。ピンでの仕事が激増していくビートたけしと、それを楽屋で見守る時間が増えたビートきよし。太田プロダクションのオフィスには連日連夜のオファーが舞い込んだが、二人の会話は自然と減っていった。「たけしが遠くへ行けば行くほど、俺の役割が分からなくなる。でも、解散という選択肢だけは頭に無かった」。華やかな芸能界の頂点で味わった強烈な孤立感。過酷な売れっ子生活の裏側には、当事者にしか解らない歪みが確実に生じていた。
天才・ビートたけしへの愛憎と相克…「相方」だけが知る破天荒な素顔
ビートたけしという規格外の天才。その一番近くで息遣いを感じ続けてきたのがビートきよしだ。世間が「世界の北野」と称賛し、映画監督や文筆家として神格化していく中でも、きよしの目には「浅草で一緒にバカをやっていた相棒」のまま映っていた。
「あいつは天才だよ。だけど、人として欠けている部分もいっぱいある。俺しかそれを言えないだろ」。長年、メディアで面白おかしく囁かれ続けた不仲説や確執の噂。しかし、二人の関係は単純な仲の良し悪しという物差しでは測れない。愛憎という言葉すら生ぬるい、深淵な相克があった。
たけしが事故や騒動で世間の渦中に立たされた際、陰で静かに動いていたのはいつもきよしだった。お笑い界の歴史に刻まれたツービートの絆は、ベタベタした友情ではない。互いの存在を認めつつも一定の距離を保ち続ける、大人で危険な信頼関係によって支えられていたのである。
YouTube開設からバラエティ出演まで!現在の独占密着取材で見えた意気
時代が移り変わった現在も、ビートきよしの挑戦は終わっていない。密着取材の現場で見せたのは、御年を重ねてもなお衰えない飄々とした軽快な立ち振る舞いだった。
近年では自らのYouTubeチャンネルを開設。昭和のお笑い界の裏話や、自身の趣味であるゴルフ、グルメなどを自然体で発信している。若い世代の視聴者からも「きよし師匠のゆるい雰囲気が癖になる」「昭和の伝説なのに気取っていなくて最高」と新たな層からの支持を獲得した。
テレビのバラエティ番組へのスポット出演でも、独特の「間」と脱力系のトークでスタジオの爆笑を誘う。「今さら格好つけても仕方ないからね。好き勝手に楽しくやるのが一番」。カメラの前で見せる力みのない笑顔。そこには、激動の芸能界を生き抜いてきた者だけが到達できる、達観した男の境地があった。
時代の波を越えて…お笑い界の伝説が遺す「相棒」という名の絆
昭和から平成、令和へとお笑い界のトレンドは目まぐるしく変化してきた。コンビの在り方も、仲の良さを全面に出すスタイルが主流となった現代において、ツービートが体現した緊張感あふれる関係性は、かえって新鮮な輝きを放っている。
ビートたけしという巨大な太陽の光を受けながら、自らも影として、そして時に確固たる月として存在し続けたビートきよし。ふたりが舞台上で交わした命がけの掛け合いは、日本の演芸史における不滅の金字塔だ。
どれほど時が経とうとも、ツービートの名が消えることはない。「よしなさい」——その一言に込められた絶妙な愛憎と敬意は、これからもお笑いファン、そして後進の芸人たちの胸に深く刻み込まれていくはずだ。 (出典: ビート きよし(Yahoo!ニュース))